« 【特集】 惜別 EF62 #25 | トップページ | 【あの一枚】 #161 悲運のロクヨンセン EF64 1029 »

2014年11月14日 (金)

【特集】 惜別 EF62 #26 エピローグ

そしてやってきた9月30日、ヨコ-カル最終日。
すでに前日から新しい実験を開始していたのでクタクタになりながらもどうにか21時過ぎには下宿に帰った。
過熱ぎみの横川駅の様子を家のテレビで見ながら、実験の工程と休めそうな日をブッキング、、、ダメだやっぱり2週間、最低でも10日は遠出できない。
資料作成を理由に実験を先延ばしにしてどうにか最後の土日を空けたので、もう無理。
さすがに周りの研究の足を引っ張るようなことをするわけにはいかなかった。

一夜明けて、終着駅となった横川に残るEF63が20両。
これを4両ずつ5回の搬出で一旦横川の機関区跡を空にする予定と聞いていた。
その全てにロクニが駆り出され、歩みを止めた僚友たちを棲家から連れ出すという悲しい運用が待っていた。
どうにか一度だけでも撮りたい・・・土曜日に当たった10月4日、横川から高崎へ入って折り返すところにピンポイントで新幹線トンボ帰りを目論むも、実験を抜けられず涙を呑んだ。

***********************************************************************************************

ここにEF63搬出時のEF62の記録が残る。。。

1997.10.2 高崎-単9151-横川-配9152-高崎
        高崎← EF62 43EF63 1931112

1997.10.2 尾久-試6991-高崎
        高崎← EF65 1024EF62 46(無動)+マニ50

1997.10.3 高崎-単9151-横川-配9152-高崎-配9753-新前橋-単9754-高崎
        横川← EF62 4346 (横川 構内入換は43号機)
        高崎← EF62 43EF63 81667EF62 46 →新前橋
        高崎← EF62 4346

1997.10.4 高崎-単9151-横川-配9152-高崎-配9753-新前橋-単9754-高崎
        横川← EF62 5446 (横川 構内入換は54号機)
        高崎← EF62 54EF63 4171015EF62 46 →新前橋
        高崎← EF62 5446

1997.10.8 高崎-単9151-横川-配9152-高崎-配9753-新前橋-配9754-高崎
        横川← EF62 4346 (横川 構内入換は43号機)
        高崎← EF62 43EF63 21132320EF62 46 →新前橋
        高崎← EF62 43EF63 21EF62 46

1997.10.9 高崎-単9151-横川-配9152-高崎
        高崎← EF62 43EF63 18222524

以上の動きで全てのロクサンが高崎(9両)、新前橋(11両)へと疎開留置され、廃車・保存それぞれの処遇を待つこととなる。

そしてどうにか一連の実験を終えて10月10日からのロクイチ3連戦を無事に乗り切ると、翌週はロクニのさよなら運転だった。

***********************************************************************************************

Simg4034

1997.10.18 上越線 後閑-上牧
EOS630 + 28-70mmF2.8 1/750 f.6.7 G-400

旧客6両を従えて秋の上越線を駆ける46+43号機牽引の「さよならEF62号」。
後閑の停車でマークが外され、往年の信越鈍行のような渋い姿を披露している。
本当に最初で最後のロクニ重連上越入線となった。

なんで峠があるうちにやらなかったのか、、、そんな恨み節も聞こえたが、こうしてさよならの舞台を作ってもらえただけ有難いじゃないか。

***********************************************************************************************

Simg4050

1997.10.18 上越線 水上
NikonF + 50mmF2 RIALA100

折り返しの水上では旧機関区に入区し、顔を並べて撮影会が行われている。
いろいろなマークを付け替え、最後にはカマの前で記念撮影。
入換前のマーク無し並びにも熱い視線が注がれていた。

あと何度、本線を走る彼女たちを見られるのだろう。

***********************************************************************************************

Simg4091_2

1997.10.19 信越線 群馬八幡-安中
EOS630 + 28-70mmF2.8 1/750 f.5.6 G-400

そして翌日は43号機が「ゆとり」プッシュプルの高崎方に付いた。
機回しの出来ない終着駅となってしまった横川へ入線する客車列車はすべてプッシュプルの形態をとることになり、出番が回ってきた。

これで通いなれた信越線も最後になるのだろうか。。。
翌20日には46号機が高崎-上野-尾久で12系12両の回9728レを牽引し田端に戻っている。

***********************************************************************************************

Simg4216_2

1997.11.9 高崎線 深谷
NikonF + 50mmF2 BULB f.5.6 IMP50

12系6両の「EL&SL奥利根号」の先頭に立って赤レンガ駅舎の深谷に停車中の43号機。
この列車が上野に到着するとEF62の営業列車牽引の歴史もページを閉じる。

初めて出会った東海道のロクニから13年半、峠の終焉とともに役目を終え、約40日のロスタイムを過ごした。
54号機の最後の走りを見ることが出来なかったのが残念だが、どうかゆっくりと休んでほしい。
そしてまたいつか、復活して元気に走り出してくれることを願って。。。

***********************************************************************************************

時は流れ翌’98年8月3日、休車として田端運転所の片隅で眠っていた43号機、46号機がそろって廃車となり、ついに大宮へと送られることになったのだ。

そして8月22日、PF1030号機に牽かれて大宮に運び込まれた。
残された54号機はまだ処分保留のまま眠り続けている。

Simg4593

1998.8.28 東北本線 大宮
EOS5 + 70-200mmF2.8 G-400

もう自力では戻ることのできないところまで来てしまった2台のロクニ。。。
廃車になったとはいえ、1台くらい大宮で保管してくれるんじゃない?
淡い期待を持ちつつ、この日は帰途に就いた、、、また会おう。

***********************************************************************************************

Simg4617

1998.8.31 大宮工場解体線
EOS5 + 28-70mmF2.8 G-400

また会おうと別れてから3日、解体線では目を疑うような光景が・・・。

どうしてこんなにすぐに壊してしまうんですか?
1台くらい保管に回すことは出来なかったんですか?
別れはこんなにあっけなくやってくるものなんですか?

なんか悔しくて、悲しくて、カメラを持つ手が震えていた。

見たくない。。。でも、現実を受け止めるためにシャッターを押した。

***********************************************************************************************

Simg4629

1998.8.31 大宮工場解体線
EOS5 + 70-200mmF2.8 G-400

涙雨に濡れながらどうにか撮った最期のショット。
まだ綺麗な顔をしている。

さようなら、43号機、46号機。
これで本当のお別れだ。

EF58をはじめ多くの仲間が散って行ったこの場所で、2台は最期までつないだ手を離すことはなかった。

惜別EF62

~ 完 ~

***********************************************************************************************

318/365

|

« 【特集】 惜別 EF62 #25 | トップページ | 【あの一枚】 #161 悲運のロクヨンセン EF64 1029 »

1997年」カテゴリの記事

特 集」カテゴリの記事

EF62」カテゴリの記事

--特集 惜別 EF62」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。EF62の記事すべて見させていただきました。自分は碓氷峠廃止の時は小学2年でしたので行けませんでしたが、あのロクニのブロワーは未だに覚えています。ホントに機関車らしい機関車でした。

投稿: いまい | 2014年11月14日 (金) 19:29

>いまいさん、コメントありがとうございます。
時代の流れとはいえ、ロクニの走行を二度と見られないと思うと寂しい限りです。

パックのレトロトレインも懐かしいですね。

投稿: HP10SH | 2014年11月14日 (金) 20:37

ロクニの感動巨編ありがとうございました。
横軽廃止でほとんどの人が(私も)ロクサンに注目でしたからね。

投稿: ko-nomo | 2014年11月14日 (金) 22:00

 続けてコメントすみません。
さて峠を降りた63の実績メモ(10/2~9)ですが、以前私のブログのコメントにいただいた10/9の63の番号は、19+3+25+24でした。
今回の実績を見ると、18+22+25+24です。
どちらが正しいか分かりますでしょうか?
私のメモ用に知りたいだけなのですが、申し訳ありません、分かれば教えてください。

投稿: ko-nomo | 2014年11月14日 (金) 22:08

はじめまして。62の記事いつも楽しみに拝見しておりました。おかげで62ファンになってしまいました(^_^;)素敵な記事、ありがとうございました。
最後の写真は涙が出そうになりますね。
また62や63の記事、期待しております。
ちなみに私は桐生在住です。沿線でお会いできるかもしれませんね(^_^;)

投稿: ひろち | 2014年11月14日 (金) 22:22

>ko-nomoさん、コメントありがとうございます。

ご指摘で気づきました。。。
データ帳を見ると18+22+25+24なんですが、日記を見ると19+3+25+24となってます・・・。
画像で調べたところ、10/2の2両目(茶色の次位)が1次形なので、あさま最終便を押し上げた19+3で間違いないようです。
そうすると日記が間違い、、、ご迷惑をお掛けしました m(_ _)m

よって10/9は、今回のデータにある 18+22+25+24 が正解です。
コメントに不正確なデータを書き込みしてしまったこと、お詫び申し上げます。

投稿: HP10SH | 2014年11月14日 (金) 22:59

>ひろちさん、コメントありがとうございます。

意外と周りからもロクニ特集の反響があり、驚いております。
パワフルなロクサンに比べると地味な感じがしてしまいますが、そこがまたいいんです。
ロクニフリークのひいき目ですが。。。

両毛線沿線にはよく出没しますので、お会いした際はよろしくお願いいたします。

投稿: HP10SH | 2014年11月14日 (金) 23:08

管理人様、はじめまして。ken5と申します。

普段のEF5861関係の記事はもとより、今回の一連のEF62の記事はいつも以上に興味深く読ませていただきました。

碓氷峠廃止当時9歳だった自分も今は27歳になり、3機のみ残ったEF640番台を自分なりに追いかけています。

勿論用途の違いはありますが、ロクヨンもロクニと同じ峠の機関車。管理人様の記事を見ていて気合が入りました(解体記事最後のフレーズは思わずうるうるきてしまいました)

この気持ちを忘れず、今後とも精進したいと思います。有難う御座いました。

乱文失礼致しました。

投稿: ken5 | 2014年11月16日 (日) 18:21

>ken5さん、コメントありがとうございます。

こんな自己満足な趣味活動のブログですが、何か感じていただけたなら続けている甲斐があるというもの、こちらこそありがとうございます。

みなさんそれぞれに思い入れのあるカマがいて、納得いくまで追っかけたり、なかなか会えなくて思いが募ったり、たかが機関車と言ってしまえばそれまでですが・・・。
ロクヨン0番台ももう残り3台なんですよね。
まだしばらくは大丈夫だと思いますが、悔いの残らないように記録してあげてください。

投稿: HP10SH | 2014年11月16日 (日) 19:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【特集】 惜別 EF62 #26 エピローグ:

« 【特集】 惜別 EF62 #25 | トップページ | 【あの一枚】 #161 悲運のロクヨンセン EF64 1029 »