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2014年9月 2日 (火)

【関東大震災】 名もなきカメラマンの記録から #3

名もなきカメラマンの記録から、しばらく続けていきたいと思います。
#1、#2と鎌倉~江の島方面を撮り歩いたネガから出してみましたが、この地域の写真なのに
どうしてもネガの切り口の状態がどこにも繋がらないものが2点残りました。

他の地域のネガも繋げてみると3コマとか2コマで、どこにも繋がらないコマ連があるので、
もしかすると核心部分はどこかに提供してしまった後の残りなのかも知れません。

続いてのネガは稲村ケ崎(霊山ヶ崎)の崩落現場から始まり平塚に向かっています。

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S23

大正12年9月17日 馬入川

最初に出てくる鉄道関係は、東海道線で最大の被害となった馬入川橋梁です。
規模的には根府川が被害甚大ですが、当時まだ熱海線と呼ばれていました。

茅ヶ崎方上流方向から上り線の第四橋脚付近を写したものと思われます。
馬入川橋梁では上下線ガーダー合計56連のうち、47基が落ちたと記録されています。
落ちずに残ったガーダーは全て茅ヶ崎方のものでした。

鉄道の被災状況は「鉄道震害調査書 大正12年」に詳細があります。
国立国会図書館 近代デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/
「鉄道震害調査書 大正12年」 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1175815

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S21

大正12年9月17日 馬入川

どうにか川を渡って平塚側に来たようです。
たくさんの人夫が現場に入っているのが判ります。
「鉄道震害調査書」によると、この日は復旧工事の着工日だったようです。
遠く左上の川の中には人道橋の残骸も見えます。

復旧は下り線の橋脚基礎を使用し、馬入川人道橋を架け替えるために用意してあった木材を橋脚に流用、
落ちたガーダーを引き上げて10月1日に単線開通したということです。

工事着手日に合わせてここに来ているということは、何らかの関係者だったのかもしれません。

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